白波百合は病室を訪れる。
そこにはもう孫の姿はいない。患者様は一人で呼吸を荒くしていた。
白波百合はちょっとだけ電動ベッドの頭の部分をあげる
これでも少しは呼吸は楽になるはずだ。
看護師さんから患者様の話を聞いた。
病室を訪れていたのはお孫さんではなく、年の離れた娘だという。
妻は随分と前に先立たれ男手一つで育てあげたと言っていた。
痩せてはいても骨格はしっかりとしている。大した人っす。と白波は思う。そして娘が結婚して長いこと一人で生活していたとも聞いた。
その日々はどんなものだろう。と白波はそう思う。
寂しかったのだろうか。それとも穏やかな日々だったのだろうか。
そうして一人の生活の中で徐々に食事の量は減っていったという。
それでも笑って迎えてくれましたと娘はそう寂しそうに話した。
いつしか何が原因かはわからないが、風邪だと言っていた。
そしてベッドで過ごす時間が増え、更に食事の量も減っていったという。
みるみる痩せていき歩く時にふらつき始め、とうとう大きくむせ込んだ後、熱発し救急搬送されてきた。
やる事は沢山ある。まずは辛そうな呼吸を先生や看護師さん、介護士さんとなんとかしなければならない。
大丈夫っすよね。そう患者様の枕を整えながら白波は声をかける。
姿勢を整えるだけで呼吸はちょっとだけ落ち着いたように見える。
患者様にもそれに病院で関わるスタッフもまた人間である。
その感情の揺らぎは止める事は出来ない。
患者様の部屋を後にして白波はそう考える。まさかこんなに遅い時間からリハビリを始めるわけにもいかない。
自分は一人ではない。そう考えてからは随分と気が楽になった。
それと同時に休憩室の空気も変わってきたと思う。
そして自分の気持ちにも気が付いてしまった。
感情の揺らぎは止める事は出来ない。
この患者様が自宅に帰れて、また穏やかな日々を送れるならば。
白波はそう考えて、大きく息を吸った。
自分は理学療法士っすからね。そして一人ではないっす。
声には出していない言葉のはずなのに、薄暗い病棟の廊下に反響していくような。そんな気がした。
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